愛とマジックショー(5)
またもや、とても久しぶりの更新となってしまいました。
さて、マジックショーでは定番(?)の、更衣室マジック。
昔見たときは、子供心ながらドキドキしたものです。
ちなみに、残念ながらリズちゃんは脱ぐ展開にはなりません。
「き……きゃああっ!?」
可愛らしい悲鳴を上げると同時に、愛は反射的に両手でばさりとスカートを押さえた。スカートは何も無かったかのようにあっさりと元通りになり、ボールも同様に糸が切れたかのように重力に引かれてステージの上を転々と転がった。
「な、なに? なんで?」
パニックから醒めやらずに自問する愛。
その反応を見て、ショーの一部だと思いながら見ていた観客たちの間にざわめきが広がっていくが、そんなことを気にする余裕などなかった。
あろうことか、全校生徒の注目するステージの上で1分間近くも下着を晒してしまった。
風にでも煽られたのかと考えたが、締め切った体育館の中で風など吹くはずもない。
考えられる理由があるとすれば――
「リズっ!?」
「オー……アイ、申し訳ありません。ちょっとだけ失敗しちゃったみたいです♪」
少しばつの悪そうな表情で駆け寄ってきたリズが、ぺろりと舌を出す。
確かにマジックショーといえばある程度のお色気も必要なのかも知れないが、流石に学校のステージの上で下着を晒されるのは看過できる範囲を超えている。
今回ばかりは、流石の愛も見過ごすわけにはいかなかった。
「ちょっ、ちょっとリズ、いくらなんでも……」
抗議の声を上げようとしたところで、リズがそっと愛の耳元に唇を寄せて囁くのが聞こえた。
「アイ、恥ずかしい目に遭わせてしまって本当にごめんなさい……。
筋書きではボールを浮かせるだけのつもりだったのですけれど、スカートでステージの上に上がってもらうことを考慮していなかった私のミスでした。
ステージの後ちゃんとお詫びするので、もう少しだけ我慢して付き合っていただけますか?」
「あ……」
そう言われて、はたと思い当たった。当初、リズの計画では愛はステージの上でセパレートの衣装を着ている予定だったのだ。
どのような仕組みでボールを浮かせていたのかは分からないが、恐らく自分が制服姿でショーに臨んでしまったことで本来の計画が狂い、誤ってボールと一緒にスカートが巻き上げられてしまったのだろう。
確かに恥ずかしい目に遭いはしたが、元はと言えばステージ衣装を着ることを渋った自分にも非があるのだ。それに全校生徒をわざわざ集めた場でショーを中止する事態になれば楽しみにしていた生徒たちの期待を裏切るだけでなく、リズにとっても不名誉なことだろう。
「ううん……こっちこそごめんねリズ。私は大丈夫だから、ショーを続けて?」
愛も観客に聞こえないようにそっとリズに囁いた。
それを聞いてリズは小さく頷き、ステージ上の二人を不安そうに見守る観客の方を振り返っておどけた調子で言葉を紡いだ。
「ミナサン、どうやらアイは寛大にも私のことを許してくれたみたいデス♪ どうかミナサンも、今見たことは忘れてください。
クレグレも、夜に一人で思い出しちゃったりしたら、ダメですよ?」
「って、リズ!? 変なコト言わないでよ!」
明らかに性的なニュアンスを仄めかすような物言いに愛は慌てふためくが、先ほどまで張りつめていた雰囲気の観客席からは笑いと共に弛緩した空気が流れる。
どうやら今のリズとのやりとりで、先ほどのハプニングも含めて最初からシナリオの一部だと受け取ってもらえたようだ。
――ひょっとして、私のせいで奇術が失敗したことを悟られないように、気遣ってくれたの?
ちらりとリズの表情を横目で伺うと、リズは愛に向かって小さくウインクをし、「しっ」と言うように軽く人差し指を立てて唇に近づけた。
恐らく、適当に話を合わせてショーに付き合ってほしいということだろう。
「クスクス、冗談ですよ……デモ、また今みたいな『事故』が起こってしまったら思春期の男のコたちの目のドクなので――
お色直しと、いきましょうか?」
その細い右手をすっと伸ばし、慣れた手つきで舞台の下手――観客席から見て左側を示すと、その場所に設置されていた箱状の装置をスポットライトが照らし出す。
サイズは、幅と奥行きがそれぞれ1メートル四方、高さ2メートル強といったところだろうか。
プラスチックかセラミック製らしき光沢を放つその白亜の箱は、いかにも……。
「なあ、あれって……」「アパレルショップとかに置いてあるアレよね……?」
――試着室、という装いであった。
それが意味する事実を思い描いてか、観客席からごくりと息を呑む音が鳴る。
「ってことは、やっぱり……」「今からあの中で高原が……?」
徐々に高まっていくギャラリーの期待に耐えかねて、慌てて愛が抗議の声を上げる。
「ま、待ってよリズ! 着替えるにしても、ステージの上じゃなくていいでしょ!?」
確かにこれからのトリックを滞りなく成功させるために用意された衣装に着替えるのは仕方ないとしても、これではまるでギャラリーの前で見世物にされるようなものだ。
「ゴメンナサイ、アイ。ステージ脇や準備室は、どうしてもスタッフの人たちが出入りするので、誰にも見られずに着替えていただくにはコノ中しか……」
申し訳なさそうにぺこりと頭を下げるリズ。確かに、言われてみれば観客席から見えない場所に照明係や音響係などの裏方が控えているのは当然のことだ。
ある程度このような状況に慣れているだろうスタッフ相手とはいえ、他人から丸見えの場所で着替えるよりは周囲からの視線が遮られる試着室で着替えた方が幾分恥ずかしさも和らぐだろう。
ステージの上で着替えるのは確かに恥ずかしいが、なにも下着姿を観客に見られるというわけでもない。
「ドンウォーリィ、アイ。しばらくの間は私が簡単なマジックで場をつないでいるので、慌てなくても大丈夫」
――結局、断る理由を見つけられないまま衣装を手渡され、慣れた手つきで白い扉を開けたリズに誘導されるまま、愛はその箱の中に足を踏み入れてしまうのだった。
さて、マジックショーでは定番(?)の、更衣室マジック。
昔見たときは、子供心ながらドキドキしたものです。
ちなみに、残念ながらリズちゃんは脱ぐ展開にはなりません。
「き……きゃああっ!?」
可愛らしい悲鳴を上げると同時に、愛は反射的に両手でばさりとスカートを押さえた。スカートは何も無かったかのようにあっさりと元通りになり、ボールも同様に糸が切れたかのように重力に引かれてステージの上を転々と転がった。
「な、なに? なんで?」
パニックから醒めやらずに自問する愛。
その反応を見て、ショーの一部だと思いながら見ていた観客たちの間にざわめきが広がっていくが、そんなことを気にする余裕などなかった。
あろうことか、全校生徒の注目するステージの上で1分間近くも下着を晒してしまった。
風にでも煽られたのかと考えたが、締め切った体育館の中で風など吹くはずもない。
考えられる理由があるとすれば――
「リズっ!?」
「オー……アイ、申し訳ありません。ちょっとだけ失敗しちゃったみたいです♪」
少しばつの悪そうな表情で駆け寄ってきたリズが、ぺろりと舌を出す。
確かにマジックショーといえばある程度のお色気も必要なのかも知れないが、流石に学校のステージの上で下着を晒されるのは看過できる範囲を超えている。
今回ばかりは、流石の愛も見過ごすわけにはいかなかった。
「ちょっ、ちょっとリズ、いくらなんでも……」
抗議の声を上げようとしたところで、リズがそっと愛の耳元に唇を寄せて囁くのが聞こえた。
「アイ、恥ずかしい目に遭わせてしまって本当にごめんなさい……。
筋書きではボールを浮かせるだけのつもりだったのですけれど、スカートでステージの上に上がってもらうことを考慮していなかった私のミスでした。
ステージの後ちゃんとお詫びするので、もう少しだけ我慢して付き合っていただけますか?」
「あ……」
そう言われて、はたと思い当たった。当初、リズの計画では愛はステージの上でセパレートの衣装を着ている予定だったのだ。
どのような仕組みでボールを浮かせていたのかは分からないが、恐らく自分が制服姿でショーに臨んでしまったことで本来の計画が狂い、誤ってボールと一緒にスカートが巻き上げられてしまったのだろう。
確かに恥ずかしい目に遭いはしたが、元はと言えばステージ衣装を着ることを渋った自分にも非があるのだ。それに全校生徒をわざわざ集めた場でショーを中止する事態になれば楽しみにしていた生徒たちの期待を裏切るだけでなく、リズにとっても不名誉なことだろう。
「ううん……こっちこそごめんねリズ。私は大丈夫だから、ショーを続けて?」
愛も観客に聞こえないようにそっとリズに囁いた。
それを聞いてリズは小さく頷き、ステージ上の二人を不安そうに見守る観客の方を振り返っておどけた調子で言葉を紡いだ。
「ミナサン、どうやらアイは寛大にも私のことを許してくれたみたいデス♪ どうかミナサンも、今見たことは忘れてください。
クレグレも、夜に一人で思い出しちゃったりしたら、ダメですよ?」
「って、リズ!? 変なコト言わないでよ!」
明らかに性的なニュアンスを仄めかすような物言いに愛は慌てふためくが、先ほどまで張りつめていた雰囲気の観客席からは笑いと共に弛緩した空気が流れる。
どうやら今のリズとのやりとりで、先ほどのハプニングも含めて最初からシナリオの一部だと受け取ってもらえたようだ。
――ひょっとして、私のせいで奇術が失敗したことを悟られないように、気遣ってくれたの?
ちらりとリズの表情を横目で伺うと、リズは愛に向かって小さくウインクをし、「しっ」と言うように軽く人差し指を立てて唇に近づけた。
恐らく、適当に話を合わせてショーに付き合ってほしいということだろう。
「クスクス、冗談ですよ……デモ、また今みたいな『事故』が起こってしまったら思春期の男のコたちの目のドクなので――
お色直しと、いきましょうか?」
その細い右手をすっと伸ばし、慣れた手つきで舞台の下手――観客席から見て左側を示すと、その場所に設置されていた箱状の装置をスポットライトが照らし出す。
サイズは、幅と奥行きがそれぞれ1メートル四方、高さ2メートル強といったところだろうか。
プラスチックかセラミック製らしき光沢を放つその白亜の箱は、いかにも……。
「なあ、あれって……」「アパレルショップとかに置いてあるアレよね……?」
――試着室、という装いであった。
それが意味する事実を思い描いてか、観客席からごくりと息を呑む音が鳴る。
「ってことは、やっぱり……」「今からあの中で高原が……?」
徐々に高まっていくギャラリーの期待に耐えかねて、慌てて愛が抗議の声を上げる。
「ま、待ってよリズ! 着替えるにしても、ステージの上じゃなくていいでしょ!?」
確かにこれからのトリックを滞りなく成功させるために用意された衣装に着替えるのは仕方ないとしても、これではまるでギャラリーの前で見世物にされるようなものだ。
「ゴメンナサイ、アイ。ステージ脇や準備室は、どうしてもスタッフの人たちが出入りするので、誰にも見られずに着替えていただくにはコノ中しか……」
申し訳なさそうにぺこりと頭を下げるリズ。確かに、言われてみれば観客席から見えない場所に照明係や音響係などの裏方が控えているのは当然のことだ。
ある程度このような状況に慣れているだろうスタッフ相手とはいえ、他人から丸見えの場所で着替えるよりは周囲からの視線が遮られる試着室で着替えた方が幾分恥ずかしさも和らぐだろう。
ステージの上で着替えるのは確かに恥ずかしいが、なにも下着姿を観客に見られるというわけでもない。
「ドンウォーリィ、アイ。しばらくの間は私が簡単なマジックで場をつないでいるので、慌てなくても大丈夫」
――結局、断る理由を見つけられないまま衣装を手渡され、慣れた手つきで白い扉を開けたリズに誘導されるまま、愛はその箱の中に足を踏み入れてしまうのだった。