唯とマジックショー 前編
マジックショーもののSSです。
「愛とマジックショー」の外伝に当たるお話です。
佐倉唯は子供の頃から、自分が一番の注目を浴びていないと気が済まない性分だった。
そして、その目的を達成するためならば手段を選ばない人間でもあった。
学芸会のヒロイン役に投票で選ばれるため、クラスの男子全員を個別に呼び出して一人一人に「君に、私のドレス姿を見せてあげたいな……」と囁きかけたこともあった。
体育祭の徒競走では、陸上部の女子のスニーカーの靴紐に、こっそりと切れ込みを入れたこともあった。
『友達が勝手に応募した』という名目で出場した文化祭のミスコンテストでは、優勝候補ともっぱらの評判だった女子の衣装を、日光に当たると透けてしまう素材に摩り替え、大恥をかかせたこともあった。
唯に目をつけられた人物は、誰もが不幸な事故に見舞われるか、あるいは匿名の脅迫を受けて辞退を余儀なくされる。
もちろん、周囲の中には薄々そのことに感付き、眉を顰める者もいたが、誰もが自らの身に災難が降りかかることを恐れ、表立って非難する者は現れなかった。
皆が唯の存在を畏怖し、彼女の前に立ち塞がることを避けた結果、唯はあらゆる栄光をほしいままに手にすることができた。
自分こそが常に周囲の注目を独占し、誰もが自分のことを褒め称える。いつしか唯は、それを当然のものとして受け入れるようになっていた。
――だからこそ、「奇術の国からやってきた」などと称する金髪碧眼の転校生がクラスメイトからの注目を浴びていたのが、唯にとっては非常に面白くなかった。
「ねえ、今のもう一回見せて!」
「すげー、本当にピンポン玉が消えた!」
「まるで魔法みたい!」
海外から転入してきた美少女が、プロも顔負けの奇術を目の前で披露してくれるとの噂は、クラスどころか学年をまたいで学園中に広がっているようだった。
転校生の席の周囲は、転校初日という要素を考慮しても異常と言っていいほどの人だかりだ。
そしてその中心では、小柄な金髪の少女が周囲の喝采に応えるように恭しくお辞儀をしていた。
「ミナサンに喜んで頂いて光栄デス。では最後にもう一つダケ……」
「――あら、転校早々、随分と人気者のようね、エリザベスさん?」
観客たちの中から唯の冷たい声が響くと、まるで磁石が反発するかのように、唯の周囲の生徒たちが道を開けた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、一瞬にして水を打ったように静まり返るギャラリーたち。
その中心に佇む唯の姿を目の当たりにしても、エリザベスと呼ばれた少女は少しも臆する様子もなく、にこやかな笑顔で返事をした。
「ありがとうございます。私のことは、リズと呼んで下さればOKネ。エエト――」
「佐倉唯よ。ユイと呼んでくれて構わないわ。よろしくね、リズ」
上っ面だけの微笑みを浮かべながら、唯は握手を求めるように右手を差し出した。
リズもそれに応じるように、一瞬遅れて唯の差し出した手に向けて右手の掌を合わせる。
――かかった。
唯の右手には、リズからは見えないように画鋲が仕込んである。
悪いが、転校初日だからと言って容赦はしない。このクラスで私より目立つということが、何を意味するのか身をもって教えてやろう。
にやりと口角を挙げた唯は、差し出されたリズの手を思い切り握りしめると――
パンッ!
「きゃあっ!?」
突然、握りしめたはずのリズの手が破裂音と共に爆発し、唯は思わず悲鳴を上げて尻餅をついた。
「くすくす……ソーリィ、ちょっとした冗談ネ。驚かせてしまいましたか?」
楽しそうに微笑むリズは、制服の右袖をひらひらさせると、そこから小さな白い指を覗かせた。
どうやら、右手そっくりの風船か何かを予め仕込んでおき、唯に握らせたのだろう。
「思ったより可愛い反応なのデスね。それにしても……ハテ、本当は握手した瞬間に右手が外れるマジックの予定でしたのに、何故突然破裂してしまったのデショう?」
不思議そうに小首を傾げるリズは、まるで唯のことをおちょくっているかのようだ。
周囲で不安そうに見守っていた生徒たちも、唯が一杯食わされる姿を見て思わず喝采していた。
「ふふ、ミナサン、ありがとうございます。デハ、あいさつ代わりの余興はこれくらいにして――
実は来週、この学校のミナサンへのお披露目として、校長先生に掛け合ってステージを用意して頂きました。
本格的な奇術は、そこでゼヒ楽しんで頂ければ嬉しいネ」
笑顔で一礼をするリズ。周囲の生徒たちも、マジックショーを見られると聞いて興奮が隠し切れない様子だ。
「ただ一つだけ問題がアリまして――実は、ミナサンの中から一人、私の奇術に協力して頂けるアシスタントが必要なのデス」
「アシスタント? それって私でもいいの?」
「俺もやってみたい!」
アシスタントとしてショーの舞台に立てる。その言葉に、クラスメイト達の中から数名の立候補の声が上がる。
「ふふ、ミナサンのお気持ちはありがたいデスが……実はもう先ほどアシスタントは決めてしまいました」
その言葉とともに、クラスメイト達の中で遠巻きに眺めていた一人の少女に手を伸ばし――
「――あら、ありがとうねリズ、私を選んでくれて」
――横から不意に伸びてきた手によって、がっしりと手首を掴まれた。
そう、先ほどリズのマジックによって醜態を晒された、佐倉唯だ。
思わぬ出来事に、リズは少し困惑の表情を浮かべる。
「オヤ? 申し訳アリマセン、私はこちらの子の方を選んだのデスが――」
「そうだったの? でもごめんなさいね、実はこの子ステージ恐怖症で、人前に出る時には私が代理で出場することになってるの。
……そうよね、河野さん?」
「え!? う、うん……」
唯が冷ややかな声で尋ねると、河野と呼ばれた少女はびくりと肩を震わせて小さく頷いた。
「ンー……そのような事情があるとは知りませんデシタ。では別の方に代わりにお願いを……」
「それがねリズ、どうやらみんな、自分がアシスタントとしてステージに上がるよりも、私に出て欲しいらしいの。本当に困っちゃうわ……ね、みんな」
唯がクラスを見渡す。クラスメイト達は目を付けられるのを恐れるように距離を取り、ゆっくりと頷いた。
「――というわけで、よろしくね、リズ。それとも私がアシスタントだと何か不都合でもあるのかしら?」
リズは小動物のように怯え切ったクラスメイト達の様子を見遣る。この調子では、誰かにアシスタントをお願いしても断られるだけだろう。
しばし思い悩んだ末、少女は小さく肩をすくめた。
「……それでは、仕方ありませんネ。唯、ヨロシクお願いします」
「ふふ、こちらこそよろしくね、リズ」
唯は心からの笑顔を見せた。
――私より目立とうとするこの生意気な女を、全校生徒の前で辱めてやる。
そんな邪な期待を膨らませながら、唯はマジックショーの日を心待ちにするのだった。
「愛とマジックショー」の外伝に当たるお話です。
佐倉唯は子供の頃から、自分が一番の注目を浴びていないと気が済まない性分だった。
そして、その目的を達成するためならば手段を選ばない人間でもあった。
学芸会のヒロイン役に投票で選ばれるため、クラスの男子全員を個別に呼び出して一人一人に「君に、私のドレス姿を見せてあげたいな……」と囁きかけたこともあった。
体育祭の徒競走では、陸上部の女子のスニーカーの靴紐に、こっそりと切れ込みを入れたこともあった。
『友達が勝手に応募した』という名目で出場した文化祭のミスコンテストでは、優勝候補ともっぱらの評判だった女子の衣装を、日光に当たると透けてしまう素材に摩り替え、大恥をかかせたこともあった。
唯に目をつけられた人物は、誰もが不幸な事故に見舞われるか、あるいは匿名の脅迫を受けて辞退を余儀なくされる。
もちろん、周囲の中には薄々そのことに感付き、眉を顰める者もいたが、誰もが自らの身に災難が降りかかることを恐れ、表立って非難する者は現れなかった。
皆が唯の存在を畏怖し、彼女の前に立ち塞がることを避けた結果、唯はあらゆる栄光をほしいままに手にすることができた。
自分こそが常に周囲の注目を独占し、誰もが自分のことを褒め称える。いつしか唯は、それを当然のものとして受け入れるようになっていた。
――だからこそ、「奇術の国からやってきた」などと称する金髪碧眼の転校生がクラスメイトからの注目を浴びていたのが、唯にとっては非常に面白くなかった。
「ねえ、今のもう一回見せて!」
「すげー、本当にピンポン玉が消えた!」
「まるで魔法みたい!」
海外から転入してきた美少女が、プロも顔負けの奇術を目の前で披露してくれるとの噂は、クラスどころか学年をまたいで学園中に広がっているようだった。
転校生の席の周囲は、転校初日という要素を考慮しても異常と言っていいほどの人だかりだ。
そしてその中心では、小柄な金髪の少女が周囲の喝采に応えるように恭しくお辞儀をしていた。
「ミナサンに喜んで頂いて光栄デス。では最後にもう一つダケ……」
「――あら、転校早々、随分と人気者のようね、エリザベスさん?」
観客たちの中から唯の冷たい声が響くと、まるで磁石が反発するかのように、唯の周囲の生徒たちが道を開けた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、一瞬にして水を打ったように静まり返るギャラリーたち。
その中心に佇む唯の姿を目の当たりにしても、エリザベスと呼ばれた少女は少しも臆する様子もなく、にこやかな笑顔で返事をした。
「ありがとうございます。私のことは、リズと呼んで下さればOKネ。エエト――」
「佐倉唯よ。ユイと呼んでくれて構わないわ。よろしくね、リズ」
上っ面だけの微笑みを浮かべながら、唯は握手を求めるように右手を差し出した。
リズもそれに応じるように、一瞬遅れて唯の差し出した手に向けて右手の掌を合わせる。
――かかった。
唯の右手には、リズからは見えないように画鋲が仕込んである。
悪いが、転校初日だからと言って容赦はしない。このクラスで私より目立つということが、何を意味するのか身をもって教えてやろう。
にやりと口角を挙げた唯は、差し出されたリズの手を思い切り握りしめると――
パンッ!
「きゃあっ!?」
突然、握りしめたはずのリズの手が破裂音と共に爆発し、唯は思わず悲鳴を上げて尻餅をついた。
「くすくす……ソーリィ、ちょっとした冗談ネ。驚かせてしまいましたか?」
楽しそうに微笑むリズは、制服の右袖をひらひらさせると、そこから小さな白い指を覗かせた。
どうやら、右手そっくりの風船か何かを予め仕込んでおき、唯に握らせたのだろう。
「思ったより可愛い反応なのデスね。それにしても……ハテ、本当は握手した瞬間に右手が外れるマジックの予定でしたのに、何故突然破裂してしまったのデショう?」
不思議そうに小首を傾げるリズは、まるで唯のことをおちょくっているかのようだ。
周囲で不安そうに見守っていた生徒たちも、唯が一杯食わされる姿を見て思わず喝采していた。
「ふふ、ミナサン、ありがとうございます。デハ、あいさつ代わりの余興はこれくらいにして――
実は来週、この学校のミナサンへのお披露目として、校長先生に掛け合ってステージを用意して頂きました。
本格的な奇術は、そこでゼヒ楽しんで頂ければ嬉しいネ」
笑顔で一礼をするリズ。周囲の生徒たちも、マジックショーを見られると聞いて興奮が隠し切れない様子だ。
「ただ一つだけ問題がアリまして――実は、ミナサンの中から一人、私の奇術に協力して頂けるアシスタントが必要なのデス」
「アシスタント? それって私でもいいの?」
「俺もやってみたい!」
アシスタントとしてショーの舞台に立てる。その言葉に、クラスメイト達の中から数名の立候補の声が上がる。
「ふふ、ミナサンのお気持ちはありがたいデスが……実はもう先ほどアシスタントは決めてしまいました」
その言葉とともに、クラスメイト達の中で遠巻きに眺めていた一人の少女に手を伸ばし――
「――あら、ありがとうねリズ、私を選んでくれて」
――横から不意に伸びてきた手によって、がっしりと手首を掴まれた。
そう、先ほどリズのマジックによって醜態を晒された、佐倉唯だ。
思わぬ出来事に、リズは少し困惑の表情を浮かべる。
「オヤ? 申し訳アリマセン、私はこちらの子の方を選んだのデスが――」
「そうだったの? でもごめんなさいね、実はこの子ステージ恐怖症で、人前に出る時には私が代理で出場することになってるの。
……そうよね、河野さん?」
「え!? う、うん……」
唯が冷ややかな声で尋ねると、河野と呼ばれた少女はびくりと肩を震わせて小さく頷いた。
「ンー……そのような事情があるとは知りませんデシタ。では別の方に代わりにお願いを……」
「それがねリズ、どうやらみんな、自分がアシスタントとしてステージに上がるよりも、私に出て欲しいらしいの。本当に困っちゃうわ……ね、みんな」
唯がクラスを見渡す。クラスメイト達は目を付けられるのを恐れるように距離を取り、ゆっくりと頷いた。
「――というわけで、よろしくね、リズ。それとも私がアシスタントだと何か不都合でもあるのかしら?」
リズは小動物のように怯え切ったクラスメイト達の様子を見遣る。この調子では、誰かにアシスタントをお願いしても断られるだけだろう。
しばし思い悩んだ末、少女は小さく肩をすくめた。
「……それでは、仕方ありませんネ。唯、ヨロシクお願いします」
「ふふ、こちらこそよろしくね、リズ」
唯は心からの笑顔を見せた。
――私より目立とうとするこの生意気な女を、全校生徒の前で辱めてやる。
そんな邪な期待を膨らませながら、唯はマジックショーの日を心待ちにするのだった。