唯とマジックショー 後編
いよいよだ。佐倉唯はリズのシルエットが最後の一枚に手をかけて脱いでいく姿を見守っていた。これを脱ぎ終わったタイミングで壁を開ければ、リズの一糸まとわぬ姿が観客たちの前に晒される。
下着が徐々に降ろされていくとともにスレンダーな下半身のシルエットが露わになっていく。観客の期待も最高潮に達しているのか、誰一人として瞬きすらせずにいた。
満を持してボックスを開けようと手を伸ばしかけた唯だったが、そこで奇妙な違和感に気付く。
するすると降ろされていく下着の下から現れる、リズの太腿。その輪郭があまりにも細すぎるのだ。幅にして10センチもない。
リズの下着が膝、そして踵と降ろされていくにつれ、観客たちもその異様な光景に気付き、ざわめき始める。そして、するりと下着がつま先から抜かれた時、その正体が明らかになった。
リズの下半身に、肉がついていない。大腿骨に脛骨、そして足根骨。まるで人体模型のように、骸骨になった下半身がボックスに映っていた。
続いてリズのシルエットは、既に脱ぐものが残っていないはずの上半身もまるでTシャツでも脱ぐかのように脱ぎ始めた。肋骨や鎖骨、頭蓋骨が次々と露わになっていき、最終的にはシルエットは完全な骸骨となっていた。
骨だけになったリズは、そこでようやく観客席の方を向くと、「いやーん」とでも言うように両手で胸と腰を隠すような仕草をする。そのコミカルな動きに、観客席からどっと笑いが起こった。
想像を超えた光景にしばらく呆然としていた唯だったが、ここでようやく事態を把握した。自分の企みがバレていたのだ。
「こ、このっ……舐めやがって!」
思わず汚い言葉を口走りながら観客側の壁を開ける。だが予想に反し、ボックスの中は正真正銘の空っぽだった。
「う、嘘でしょ! どこに行ったのよ!」
ボックスから消えた以上、どこかしらにトリックがあるはずだ。唯は思わずボックスの中に足を踏み入れる。だが、それが失敗だった。
ぱたん、と唯の背後で壁が閉じ、唯を中に閉じ込めてしまったのだ。
その頃、観客席にいる生徒たちはステージ上の演出に驚いていた。何せ着替えていたはずのリズが箱の中から消えており、代わりに唯が閉じ込められてしまったからだ。
「ちょっと、出しなさいよ!」
箱には唯のシルエットが写っており、一生懸命箱の壁を叩いたり、抜け道を探している様子が分かる。
不意に舞台下手側の袖がスポットライトで照らされ、タキシード姿のリズが現れた。リズはやれやれとばかりに小さく首を振り、ステッキを手に握りしめてふくれっ面をする。
「マッタク……人の着替えているところを開けようとするなんて、失礼なアシスタントですネ。これは……『お仕置き』が必要でしょうか?」
リズがステッキを釣り竿のように構えると、観客席からどよめきが上がる。ステージの後ろのスクリーンに、ステッキの代わりに釣り竿を構えたリズの影が映ったのだ。
「よいしょ、っと」
リズがステッキをボックスめがけて振ると、釣り針のついた糸の影がボックスめがけて飛んでいく。まるで魚釣りでも始まるかのようだ。
「サテ……箱の中から、一体何が釣れるでしょうカ?」
キリキリとリールを巻き取るような仕草を交えつつ、釣り針の影をうまい具合に唯のシルエットに重ねるリズ。そして、頃合いを見計らって釣り竿を勢いよく持ち上げると、観客たちは目を丸くした。
唯が身に着けていたはずのセーラー服の上着が、まるで釣りあげられた魚のようにボックスの上から飛び出してきたのだ。
当の唯は、全くそれに気づいている様子はない。
「ふふっ、思わぬ大物がゲットできましたネ♪」
リズは同じようにステッキを振り、ひょいひょいと魚釣りの真似事を続ける。その度に一枚ずつ唯の服がボックスから飛び出し、観客たちから大きな歓声が上がる。
ブラウス、スカート、そしてスリップと、一枚ずつ唯の衣服が減るにつれ、口にこそ出さないもののギャラリーの期待も高まっていく。
そして、最後に黒いブラジャーが箱から飛び出してステージにふぁさりと落ちると、これからの展開に期待する観客たちの興奮は最高潮に達していた。
「サテ……いい加減狭い箱の中に閉じ込めておくのも可哀相デスし……そろそろ、ミナサンの前に出して差し上げまショウか?」
リズはボックスに近づき、唯の胸の高さの辺りでステッキを水平に構えると、ぱちりと指を鳴らした。
「この、出しなさいってば!」
唯は、相変わらず箱の中で悪戦苦闘していた。
入ってきた壁は押しても引いてもびくともしない。脱出する方法がないかと床や壁などを探ってみるが、すきま一つ見つからなかった。
「くっ、いい加減に……うわっ!?」
箱に体当たりでもしようかと勢いをつけてぶつかろうとしたところで、突然今までぴくりとも動かなかった観客席側の壁がかちりと音を立てて開く。
「わっ、とっ、と……」
勢い余ってステージ上に飛び出す唯。だが幸いにも持ち前のバランス感覚によって、すんでのことで転ぶことは回避した。
そして、目の前に佇んでいる少女をきっと睨み付ける。
「くっ……リズ!」
「オヤ、お早いお帰りですね、ユイ。ところで箱の中で、大事なものを失くしたりシマセンでしたか?」
リズは全くひるむ様子もなく、唯に向かってステッキを水平に掲げたままわざとらしく目を丸くしている。
いや、リズだけではない。観客たちも、信じられないものを見るような表情でステージ上の唯の姿を凝視していた。
だが、そんなことはもはやどうでもよかった。これだけ虚仮にされて黙っていられるほど唯はお人よしではないのだ。こんな下らないショーなどぶち壊しにしてやる。
「ふざけないでよね! こんなもの、こうしてやるっ!」
唯は、自分の胸の目の前でゆらゆらしているステッキをむしり取るように奪い取ると、観客席の方に全力で放り投げる。
客席の方からは、思わぬ出来事に息を呑むような音と、何故か喉を鳴らすような音が聞こえた。
「オッオゥ……そんなことをしてしまって、後悔しても知りマセンよ?」
「あら、残念だったわね? 後悔どころか、とても胸がスッキリしていい気持ちよ」
脅しているかのようなリズに対して、胸を張って余裕の面持ちで答える唯。
これでマジックショーはお終いだ。舞台の上でリズの裸を晒せなかったのは残念だが、自分がこの学園を支配している限りチャンスはいくらでもある。私に生意気な口を利けなくなるまで、徹底的に孤立させてやる。
そんなことを内心で目論む唯に対して、リズは何故か顔を真っ赤にしながら掌で目を覆うような仕草をする。
「アーハァ……確かにとても胸がスッキリしているのは存じていマシタが、まさかそれで『いい気持ち』になるタイプの人だとは……」
「何を訳の分からないことを……え?」
ふと唯は、自分の上半身の違和感に気付いた。確かに唯の胸にはこの上ない解放感が広がっていた。それも、異常なほどに。
辺りを見回すと、リズと観客たちの目線が自分の上半身に集まっている。
まさか、そんなはずは……。
恐る恐る自分の体を見下ろした唯は、自分が黒のショーツ以外何も身に着けていないことに気が付いた。
「あ、あ……」
唯のたわわに実った二つの膨らみも、その頂点に色づく濃いめの突起も。
体育館のステージ上で、全校生徒たちの前にまるで自ら見せつけているかのように完全に晒されていた。
「いやああああ!」
──トップレス姿を全校生徒に晒してしまったことで、唯の学園での立場は崩壊した。
今まで唯によって危害を加えられた生徒たちも唯のことを恐れる必要がなくなり、唯の周囲は笑顔を取り戻した。
かつての栄光を完全に失った唯だったが、それでも自分をこんな目に遭わせたリズに対する復讐を諦めることはしなかった。
だが、どれだけリズに危害を加えようとしたり、人前での奇術を失敗させようと画策しても、その度に返り討ちに遭い、ギャラリーたちの前に恥ずかしい姿を晒す羽目になるのだった──。
(終わり)
下着が徐々に降ろされていくとともにスレンダーな下半身のシルエットが露わになっていく。観客の期待も最高潮に達しているのか、誰一人として瞬きすらせずにいた。
満を持してボックスを開けようと手を伸ばしかけた唯だったが、そこで奇妙な違和感に気付く。
するすると降ろされていく下着の下から現れる、リズの太腿。その輪郭があまりにも細すぎるのだ。幅にして10センチもない。
リズの下着が膝、そして踵と降ろされていくにつれ、観客たちもその異様な光景に気付き、ざわめき始める。そして、するりと下着がつま先から抜かれた時、その正体が明らかになった。
リズの下半身に、肉がついていない。大腿骨に脛骨、そして足根骨。まるで人体模型のように、骸骨になった下半身がボックスに映っていた。
続いてリズのシルエットは、既に脱ぐものが残っていないはずの上半身もまるでTシャツでも脱ぐかのように脱ぎ始めた。肋骨や鎖骨、頭蓋骨が次々と露わになっていき、最終的にはシルエットは完全な骸骨となっていた。
骨だけになったリズは、そこでようやく観客席の方を向くと、「いやーん」とでも言うように両手で胸と腰を隠すような仕草をする。そのコミカルな動きに、観客席からどっと笑いが起こった。
想像を超えた光景にしばらく呆然としていた唯だったが、ここでようやく事態を把握した。自分の企みがバレていたのだ。
「こ、このっ……舐めやがって!」
思わず汚い言葉を口走りながら観客側の壁を開ける。だが予想に反し、ボックスの中は正真正銘の空っぽだった。
「う、嘘でしょ! どこに行ったのよ!」
ボックスから消えた以上、どこかしらにトリックがあるはずだ。唯は思わずボックスの中に足を踏み入れる。だが、それが失敗だった。
ぱたん、と唯の背後で壁が閉じ、唯を中に閉じ込めてしまったのだ。
その頃、観客席にいる生徒たちはステージ上の演出に驚いていた。何せ着替えていたはずのリズが箱の中から消えており、代わりに唯が閉じ込められてしまったからだ。
「ちょっと、出しなさいよ!」
箱には唯のシルエットが写っており、一生懸命箱の壁を叩いたり、抜け道を探している様子が分かる。
不意に舞台下手側の袖がスポットライトで照らされ、タキシード姿のリズが現れた。リズはやれやれとばかりに小さく首を振り、ステッキを手に握りしめてふくれっ面をする。
「マッタク……人の着替えているところを開けようとするなんて、失礼なアシスタントですネ。これは……『お仕置き』が必要でしょうか?」
リズがステッキを釣り竿のように構えると、観客席からどよめきが上がる。ステージの後ろのスクリーンに、ステッキの代わりに釣り竿を構えたリズの影が映ったのだ。
「よいしょ、っと」
リズがステッキをボックスめがけて振ると、釣り針のついた糸の影がボックスめがけて飛んでいく。まるで魚釣りでも始まるかのようだ。
「サテ……箱の中から、一体何が釣れるでしょうカ?」
キリキリとリールを巻き取るような仕草を交えつつ、釣り針の影をうまい具合に唯のシルエットに重ねるリズ。そして、頃合いを見計らって釣り竿を勢いよく持ち上げると、観客たちは目を丸くした。
唯が身に着けていたはずのセーラー服の上着が、まるで釣りあげられた魚のようにボックスの上から飛び出してきたのだ。
当の唯は、全くそれに気づいている様子はない。
「ふふっ、思わぬ大物がゲットできましたネ♪」
リズは同じようにステッキを振り、ひょいひょいと魚釣りの真似事を続ける。その度に一枚ずつ唯の服がボックスから飛び出し、観客たちから大きな歓声が上がる。
ブラウス、スカート、そしてスリップと、一枚ずつ唯の衣服が減るにつれ、口にこそ出さないもののギャラリーの期待も高まっていく。
そして、最後に黒いブラジャーが箱から飛び出してステージにふぁさりと落ちると、これからの展開に期待する観客たちの興奮は最高潮に達していた。
「サテ……いい加減狭い箱の中に閉じ込めておくのも可哀相デスし……そろそろ、ミナサンの前に出して差し上げまショウか?」
リズはボックスに近づき、唯の胸の高さの辺りでステッキを水平に構えると、ぱちりと指を鳴らした。
「この、出しなさいってば!」
唯は、相変わらず箱の中で悪戦苦闘していた。
入ってきた壁は押しても引いてもびくともしない。脱出する方法がないかと床や壁などを探ってみるが、すきま一つ見つからなかった。
「くっ、いい加減に……うわっ!?」
箱に体当たりでもしようかと勢いをつけてぶつかろうとしたところで、突然今までぴくりとも動かなかった観客席側の壁がかちりと音を立てて開く。
「わっ、とっ、と……」
勢い余ってステージ上に飛び出す唯。だが幸いにも持ち前のバランス感覚によって、すんでのことで転ぶことは回避した。
そして、目の前に佇んでいる少女をきっと睨み付ける。
「くっ……リズ!」
「オヤ、お早いお帰りですね、ユイ。ところで箱の中で、大事なものを失くしたりシマセンでしたか?」
リズは全くひるむ様子もなく、唯に向かってステッキを水平に掲げたままわざとらしく目を丸くしている。
いや、リズだけではない。観客たちも、信じられないものを見るような表情でステージ上の唯の姿を凝視していた。
だが、そんなことはもはやどうでもよかった。これだけ虚仮にされて黙っていられるほど唯はお人よしではないのだ。こんな下らないショーなどぶち壊しにしてやる。
「ふざけないでよね! こんなもの、こうしてやるっ!」
唯は、自分の胸の目の前でゆらゆらしているステッキをむしり取るように奪い取ると、観客席の方に全力で放り投げる。
客席の方からは、思わぬ出来事に息を呑むような音と、何故か喉を鳴らすような音が聞こえた。
「オッオゥ……そんなことをしてしまって、後悔しても知りマセンよ?」
「あら、残念だったわね? 後悔どころか、とても胸がスッキリしていい気持ちよ」
脅しているかのようなリズに対して、胸を張って余裕の面持ちで答える唯。
これでマジックショーはお終いだ。舞台の上でリズの裸を晒せなかったのは残念だが、自分がこの学園を支配している限りチャンスはいくらでもある。私に生意気な口を利けなくなるまで、徹底的に孤立させてやる。
そんなことを内心で目論む唯に対して、リズは何故か顔を真っ赤にしながら掌で目を覆うような仕草をする。
「アーハァ……確かにとても胸がスッキリしているのは存じていマシタが、まさかそれで『いい気持ち』になるタイプの人だとは……」
「何を訳の分からないことを……え?」
ふと唯は、自分の上半身の違和感に気付いた。確かに唯の胸にはこの上ない解放感が広がっていた。それも、異常なほどに。
辺りを見回すと、リズと観客たちの目線が自分の上半身に集まっている。
まさか、そんなはずは……。
恐る恐る自分の体を見下ろした唯は、自分が黒のショーツ以外何も身に着けていないことに気が付いた。
「あ、あ……」
唯のたわわに実った二つの膨らみも、その頂点に色づく濃いめの突起も。
体育館のステージ上で、全校生徒たちの前にまるで自ら見せつけているかのように完全に晒されていた。
「いやああああ!」
──トップレス姿を全校生徒に晒してしまったことで、唯の学園での立場は崩壊した。
今まで唯によって危害を加えられた生徒たちも唯のことを恐れる必要がなくなり、唯の周囲は笑顔を取り戻した。
かつての栄光を完全に失った唯だったが、それでも自分をこんな目に遭わせたリズに対する復讐を諦めることはしなかった。
だが、どれだけリズに危害を加えようとしたり、人前での奇術を失敗させようと画策しても、その度に返り討ちに遭い、ギャラリーたちの前に恥ずかしい姿を晒す羽目になるのだった──。
(終わり)