愛とマジックショー(9)
お久しぶりです。
愛とマジックショー、続きです。
今度はもはや物理現象すら超越します。一体どんなトリックなんだ……(おい)
観客席では、誰もが会話……否、呼吸すら忘れ、ステージ上の光景に見入っていた。
彼らの視線の集まる先は、示し合わせるでもなくただ一点。
ステージの上で立ち尽くしている、セパレートの衣装に身を包んだ高原愛の姿。いや、「身を包んだ」という表現は半分しか正しくない。
確かに、彼女の下半身には、表面にスパンコールのあしらわれた銀色のステージ衣装が着用されていた。
だが、本来ならば愛の上半身に着用されているべきトップスは、あるべき場所ではなく、リズの右手の中に収められており――
そのトップスが包むべきであったはずの、愛の剝き出しの上半身。そこに全校生徒たちの視線は注がれていた。
普段の学園生活では、制服、あるいは体操服や水着によって覆われているため目にする機会のない小さな臍。
健康的な生活を表すかのような、引き締まったウエスト。
やや発展途上ながらも、年相応の大きさに育った胸の膨らみ。
そして、とりわけ皆の視線の集中している箇所……まるで観客席に見せつけるように露わになったその頂点には――
「チッ、チッ……残念デスが、この先はお子様にお見せするワケにはいきませんよ?」
「ふぇ……?」
先ほど、愛を出迎える時にリズが左手で水平に掲げていた黒いステッキ。
太さ数センチ程度しかないであろうそのステッキが、ちょうど愛の胸の頂点を隠すかのように、観客席からの視界を遮っていた。
観客席から、安堵と落胆が入り混じったため息が沸き起こる。
皆、学校のショーでクラスメイトの胸など見られるはずがないと頭の中では知りつつも、心のどこかで「ひょっとしたら」という期待を抱いてしまっていたのだ。
そんな観客たちの反応に対して、リズはステッキを掲げたままおどけた調子でウインクを投げかけた。
「どうしても見たいというお客様は、もう少し大きくなってから私のショーを見に来てクダサイね? それでは次なるマジックは――」
「嫌ぁっ!」
リズの軽妙な司会を遮ったのは、放心状態からようやく解放された愛の悲鳴だった。
慌てて両腕で体を抱くように胸を隠すと、真っ赤な顔をしてリズを睨み付ける。
「オヤ、どうしましたか、アイ? 心配しなくても観客からは見えて――」
「ど、どうしましたって……こんな格好で続けられるわけないでしょ……!」
何せ今の愛は、ステージ衣装の下半身だけを身に着けた、ほぼ全裸の状態である。仮に大事なところがかろうじて見えていないにしても、とても続行などできるはずがない。
いや、そもそも本当にあんな細いステッキで観客全員の視線から隠せていたのだろうか? 座席の位置によっては見えていたのではないかと考えると、いくら押しに弱い愛とはいえ我慢の限界を超えていた。
リズがどのような文化で育ってきたのかは知らないが、彼女のステージマジックにおける「お色気」に対する感覚は、一般的な女子学生の愛の感覚からは大きくかけ離れていることは明らかだ。もしこのままショーを続けた場合、残された最後の一枚(実際は衣装の下にショーツを穿いているので2枚というべきだろうか)まで脱がされかねない。
全裸でステージ上に晒されながら『ステッキで隠しているから大丈夫デスよ』などと言われている自分の姿を想像してしまい、思わず背筋がぞくりとした。そんなことになれば、自分は二度とこの学校に登校できないだろう。
「……もう知らない、あとはリズ一人でやってよ!」
愛は、引き留めようとするリズに背を向けてステージの上手に駆け出した。
そもそも、アシスタントが必要と言われてステージ上に立っているのに、愛は何一つとしてアシストらしい仕事などしていない。何も説明を受けずに恥ずかしい目に遭わされているだけだ。
どうしても女の子を脱がせたいなら、羞恥心の強い愛でなく、観客の中からもっとノリのいい女子をステージに呼べばいい。自分がステージから降りたところで何の問題もないはずだ。
ステージの袖にある扉を開ければ、控室に繋がる通路へと出られるはずだ。そこまでたどり着けばもう観客に晒される心配もない。
ドアノブに手をかけて扉を潜り抜け、背後で扉を閉めると薄暗い空間へと数歩踏み出す。どうやらリズも自分を追ってきてはいないようだ。
これでいい。ショーの最中に抜け出したことで後で何らかのトラブルになるかもしれないが、あのまま辱めを受けるよりは遥かにましだ……と胸を撫でおろしていると、突然愛の周囲がスポットライトで明るく照らされる。
「……え?」
何故こんな場所にスポットライトの光が、と愛が疑問に思った次の瞬間、耳に届いたのは観客たちの盛大な歓声。
恐る恐る顔を上げた愛の目の前には――見覚えのあるタキシード姿に身を包んだ少女、リズの姿があった。
「お早いお帰りで、アイ♪」
「う、嘘っ……!?」
目の前に広がっている光景が信じられなかった。愛が立っていた場所は、先ほどと同じ体育館のステージの上。ただし、先ほど愛が出て行ったはずの上手側ではなかった。
――上手側のドアを潜り抜けたはずの愛は、いつの間にかステージ上の下手側に立っていたのだ。
「やだっ……!」
一体どのようなトリックで自分を移動させたのか分からないが、そんなことを気にしている場合でもなかった。
幸い、胸は隠していたために観客から見られずに済んだが、こんな格好でこのまま注目されるわけにはいかない。
ステージ正面の階段から降りて逃げ出す、という考えも一瞬頭をよぎったが、それは、トップレスでギャラリーが大勢いる観客席に向かうということだ。
結局、他に選択肢のなくなった愛は再び背後にある下手側の扉に飛び込み……やはり、と言うべきか、リズの待ち構えるステージ上手側へと再び現れた。
「――以上、人体瞬間移動マジック、いかがでしたでしょうか?」
茫然自失としている愛をよそに、得意げに観客席に向けてリズが一礼すると、割れんばかりの拍手が巻き起こる。どうやら観客たちは全員、今のやりとりも全てがショーのシナリオの一環だと考えているらしい。
だが当の本人である愛には、訳が分からなかった。分かったのは、自分がこのショーから逃げることはできない、ということくらいだ。
ショーを続行するどころか逃げる意思すらも砕かれた愛は、胸を隠したままぺたりとステージの床にうずくまってしまった。
愛とマジックショー、続きです。
今度はもはや物理現象すら超越します。一体どんなトリックなんだ……(おい)
観客席では、誰もが会話……否、呼吸すら忘れ、ステージ上の光景に見入っていた。
彼らの視線の集まる先は、示し合わせるでもなくただ一点。
ステージの上で立ち尽くしている、セパレートの衣装に身を包んだ高原愛の姿。いや、「身を包んだ」という表現は半分しか正しくない。
確かに、彼女の下半身には、表面にスパンコールのあしらわれた銀色のステージ衣装が着用されていた。
だが、本来ならば愛の上半身に着用されているべきトップスは、あるべき場所ではなく、リズの右手の中に収められており――
そのトップスが包むべきであったはずの、愛の剝き出しの上半身。そこに全校生徒たちの視線は注がれていた。
普段の学園生活では、制服、あるいは体操服や水着によって覆われているため目にする機会のない小さな臍。
健康的な生活を表すかのような、引き締まったウエスト。
やや発展途上ながらも、年相応の大きさに育った胸の膨らみ。
そして、とりわけ皆の視線の集中している箇所……まるで観客席に見せつけるように露わになったその頂点には――
「チッ、チッ……残念デスが、この先はお子様にお見せするワケにはいきませんよ?」
「ふぇ……?」
先ほど、愛を出迎える時にリズが左手で水平に掲げていた黒いステッキ。
太さ数センチ程度しかないであろうそのステッキが、ちょうど愛の胸の頂点を隠すかのように、観客席からの視界を遮っていた。
観客席から、安堵と落胆が入り混じったため息が沸き起こる。
皆、学校のショーでクラスメイトの胸など見られるはずがないと頭の中では知りつつも、心のどこかで「ひょっとしたら」という期待を抱いてしまっていたのだ。
そんな観客たちの反応に対して、リズはステッキを掲げたままおどけた調子でウインクを投げかけた。
「どうしても見たいというお客様は、もう少し大きくなってから私のショーを見に来てクダサイね? それでは次なるマジックは――」
「嫌ぁっ!」
リズの軽妙な司会を遮ったのは、放心状態からようやく解放された愛の悲鳴だった。
慌てて両腕で体を抱くように胸を隠すと、真っ赤な顔をしてリズを睨み付ける。
「オヤ、どうしましたか、アイ? 心配しなくても観客からは見えて――」
「ど、どうしましたって……こんな格好で続けられるわけないでしょ……!」
何せ今の愛は、ステージ衣装の下半身だけを身に着けた、ほぼ全裸の状態である。仮に大事なところがかろうじて見えていないにしても、とても続行などできるはずがない。
いや、そもそも本当にあんな細いステッキで観客全員の視線から隠せていたのだろうか? 座席の位置によっては見えていたのではないかと考えると、いくら押しに弱い愛とはいえ我慢の限界を超えていた。
リズがどのような文化で育ってきたのかは知らないが、彼女のステージマジックにおける「お色気」に対する感覚は、一般的な女子学生の愛の感覚からは大きくかけ離れていることは明らかだ。もしこのままショーを続けた場合、残された最後の一枚(実際は衣装の下にショーツを穿いているので2枚というべきだろうか)まで脱がされかねない。
全裸でステージ上に晒されながら『ステッキで隠しているから大丈夫デスよ』などと言われている自分の姿を想像してしまい、思わず背筋がぞくりとした。そんなことになれば、自分は二度とこの学校に登校できないだろう。
「……もう知らない、あとはリズ一人でやってよ!」
愛は、引き留めようとするリズに背を向けてステージの上手に駆け出した。
そもそも、アシスタントが必要と言われてステージ上に立っているのに、愛は何一つとしてアシストらしい仕事などしていない。何も説明を受けずに恥ずかしい目に遭わされているだけだ。
どうしても女の子を脱がせたいなら、羞恥心の強い愛でなく、観客の中からもっとノリのいい女子をステージに呼べばいい。自分がステージから降りたところで何の問題もないはずだ。
ステージの袖にある扉を開ければ、控室に繋がる通路へと出られるはずだ。そこまでたどり着けばもう観客に晒される心配もない。
ドアノブに手をかけて扉を潜り抜け、背後で扉を閉めると薄暗い空間へと数歩踏み出す。どうやらリズも自分を追ってきてはいないようだ。
これでいい。ショーの最中に抜け出したことで後で何らかのトラブルになるかもしれないが、あのまま辱めを受けるよりは遥かにましだ……と胸を撫でおろしていると、突然愛の周囲がスポットライトで明るく照らされる。
「……え?」
何故こんな場所にスポットライトの光が、と愛が疑問に思った次の瞬間、耳に届いたのは観客たちの盛大な歓声。
恐る恐る顔を上げた愛の目の前には――見覚えのあるタキシード姿に身を包んだ少女、リズの姿があった。
「お早いお帰りで、アイ♪」
「う、嘘っ……!?」
目の前に広がっている光景が信じられなかった。愛が立っていた場所は、先ほどと同じ体育館のステージの上。ただし、先ほど愛が出て行ったはずの上手側ではなかった。
――上手側のドアを潜り抜けたはずの愛は、いつの間にかステージ上の下手側に立っていたのだ。
「やだっ……!」
一体どのようなトリックで自分を移動させたのか分からないが、そんなことを気にしている場合でもなかった。
幸い、胸は隠していたために観客から見られずに済んだが、こんな格好でこのまま注目されるわけにはいかない。
ステージ正面の階段から降りて逃げ出す、という考えも一瞬頭をよぎったが、それは、トップレスでギャラリーが大勢いる観客席に向かうということだ。
結局、他に選択肢のなくなった愛は再び背後にある下手側の扉に飛び込み……やはり、と言うべきか、リズの待ち構えるステージ上手側へと再び現れた。
「――以上、人体瞬間移動マジック、いかがでしたでしょうか?」
茫然自失としている愛をよそに、得意げに観客席に向けてリズが一礼すると、割れんばかりの拍手が巻き起こる。どうやら観客たちは全員、今のやりとりも全てがショーのシナリオの一環だと考えているらしい。
だが当の本人である愛には、訳が分からなかった。分かったのは、自分がこのショーから逃げることはできない、ということくらいだ。
ショーを続行するどころか逃げる意思すらも砕かれた愛は、胸を隠したままぺたりとステージの床にうずくまってしまった。